今日はどんな話をしようか。

羽川くるみの日常。

蟹と魚のお話②

かに座とうお座のお話つづき。

前回はこちら。

kurumi-hanekawa.hatenablog.com

 

さて、うお座について書いていきます。溺れないようにご注意を。

 

  • うお座」は、周囲に理解されるまで時間のかかる人たち

下手したら理解されないというか、本人は理解されなくても構わないと思っています。それだけ独自ワールドを持っている人たち。

それゆえに、大雑把なキーワードを付けると「不思議ちゃん」になるのかも。
かに座と異なるのは愛情(慈悲)を向ける対象がとても広いこと。
特定の誰かではなく、その場に居合わせた人とか、この学校の人とか、会社の人たちとか不特定多数です。とにかく境界線というものがよく分かっていない。

 

境界線の話をするのに本物の魚を引っ張り出しますが、魚は水があれば生きていけます。実際の魚には水温とか縄張りとか水体系とかありますが、そんなことを取っ払えば、日本海側の魚が太平洋側にくることだって出来るのでしょう。
だって、海はつながっているから。
うお座の人たちの境界線とは、この海みたいなものなのです。
学校や会社が一つの大きな水槽だとしたら、岩陰の誰かとか、いつも端の方に潜っている誰かとか気にしない。
ひとつの水槽の中にいる同じ魚という意識でしか無い。そして、その魚たちを対象にものを考えたりします。

 

  • 理解されない理由のようなもの、1

うお座の人たちが「怒られたり落ち込んだりしても、周りには分かりにくい。本人はどん底まで一度落ちる方が回復する」なんて言われます。
これについて個人的に思うのは、境界線が海全体だとしたら、うお座の人たちの感情の底は海底なのではないかということ。地上の地面の底よりも、水の底は深さも曖昧。
「底」だと気がつけば、ジワリと黒い物が広がり、また海を漂う物の一部になるのだと思います。腹の底は水の底のように深く、周囲からは見えづらいということです。

 

  • 理由のようなもの、2

かに座の支配星は「月」ですが、うお座の支配星は「海王星」です。

個人天体ではなく社会天体と呼ばれ、目に見えない朧げなものや、惑わしたり魅了したりするのが海王星の性質です。

なので、周囲が理解しようとしても、結局「よく分からないや」となりやすい。下手すると本人もよく分かっていない。

けれど、このよく分からないけど「まぁ、いっか」というのがうお座の人たちの特徴の一つだと思っています。分からないなりに楽しんでいるというのはあると思う。

 

  • 蟹と魚のお話、まとめ

同じ水属性でも、手の届く範囲に働きかけるのか、自分が意識していないところまで届いてしまうのか、このあたりが両者の違いの一つだと思います。

まつい先生が「しあわせ占星術」で書かれていた「蟹座は河川、魚座は雨や霧」という表現が分かりやすいと思います。(小雨や霧って、自分が思っていない部分も濡れてしまったりするでしょう?)

 

うお座は優しい」はそうでもないよ、という話はそのうち書きたいと思います。